記録

記録

意味のない写真

これはもう夏だと思う日が続いている。

この一行だけを書いて数週間が経ってしまった。ここ数日は今年は梅雨が来ないんじゃないかと期待したりしたが、どこからともなくひょっこりと顔を出してきた。いつもそうだ。そんなことを思っていたら今日はまた夏のような日だった。

4月から毎日日記を書こうと決意した。しかし、その決意も日が経つにつれて薄れていき5月末にはどこかへ行ってしまった。2ヶ月坊主の自分に我ながら呆れてしまう。4月は頑張れていた。仕事がしばらく休みになり、家にいたからだ。ただその日の料理のことを書けば豊かな自粛期間を過ごしているような錯覚を自分に与えることができていた。実情はもうただベッドに転がっているような日々だ。この自粛期間でなにかを成し遂げることも挑戦もしていない。散歩とスーパーへ行くことだけを楽しみにしていただけだ。きっと、もう一度この休みの日々が訪れたとしても同じことを繰り返す自信がある。なんて自分は駄目なんだと思って辛くなるが、もうそういう性格なんだと諦めるくらいの心境になり始めた。他の人と比べない。

5月に入り仕事が再開してから1ヶ月以上経とうとしている。異動してすぐに休業になったため、まだまだ慣れないが少しずつ周りの人とコミュニケーションが取れるようになってきた。なんだが責任のある立場になってしまっていて不安だが頑張るしかない。6月になってからは、朝5時に起きて仕事へ行っている。これまでは午後から仕事をすることが多かったので、朝から働く気持ちの良さに浸っている。午前中のまだ暑くならない空気のなか職場へ向かうときは、まともな生活をしている感覚になる。まともな生活といえば、この前「本屋title」へ納品に行った際に店主の辻山さんとお話をしたら「営業時間短縮のおかげで人間らしい生活ができています」とおっしゃっていた。titleでは、荒井良二『こどもたちはまっている』とカロリン・エムケ『なぜならそれは言葉にできるから』を買った。

 『なぜならそれは言葉にできるから』はずっと気になっていたのだが4000円という値段になかなか手が出なかったのだけれど今回は思い切って買った。荒井良二さんの絵本は言わずもがな素晴らしい。絵本を開いた瞬間に世界がどこまでも広がっているかのような印象を受けた。最近は、児童書を読んでいこうと張り切っている。まず手始めにケストナーの『エーミールと探偵たち』を読んだ。少年たちの正しくあろうとする姿と勇気になんて素晴らしいんだと感嘆した。続けて同じくケストナーの『飛ぶ教室』を読み始めるとまえがきの段階でとんでもなかった。

どうしておとなは自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもたちにはときには悲しいことやみじめなことだってあるということを、ある日とつぜん、まったく理解出来なくなってしまうのだろう。(この際、みんなに心からお願いする。どうか、子どものころのことを、けっして忘れないでほしい。約束してくれる?ほんとうに?)

人形がこわれたので泣くか、それとも、もっと大きくなってから、友だちをなくしたので泣くかは、どうでもいい。人生、なにを悲しむかではなく、どれくらい深く悲しむかが重要なのだ。誓ってもいいが、子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない。おとなの涙よりも重いことだって、いくらでもある。

生きることのきびしさは、お金をかせぐようになると始まるのではない。お金をかせぐことで始まって、それがなんとかなれば終わるものでもない。こんなわかりきったことをむきになって言いはるのは、みんなに人生を深刻に考えてほしいと思っているからではない。そんなことは、ぜったいにない!みんなを不安がらせようと思っているのではないんだ。ちがうんだ。みんなには、できるだけしあわせであってほしい。ちいさいおなかが痛くなるほど、笑ってほしい。

ただ、ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじげない心をもってくれ!

ボクシングで言えば、ガードをかたくしないければならない。そして、パンチはもちこたえるものだってことを学ばなければならない。さもないと人生がくらわす最初の一撃で、グロッキーになってしまう。人生ときたら、まったくいやになるほどでっかいグローブをはめているからね!

たっぷりと引用してしまった。結局まえがきだけ読んで胸がいっぱいになってしまい本編までたどり着けなかったのでこれから読み進めていくつもりだ。人生には厳しいこともあると正直に伝える姿勢が好きだ。

長い通勤時間は相変わらず狂ったようにラジオを聴いている。先々週の爆笑問題カーボーイでの、太田さんのサラリーマン川柳を大絶賛する田中さんと、田中さんのボビーのモノマネに大笑いする太田さんがとても良かった。先週も、新発売のペヤングを嬉しそうに太田さんの家に買って帰ってくる田中さんの話に幸せな気持ちになった。ケンタッキー食べたりペヤング食べたりしながら2人でネタを作り続けている関係性が本当に好きだ。CD田中も大笑いしながら聴いた。

先日、手紙が届いた。大学の恩師からだった。新しく作った日記本をお送りしたのでそのお礼の手紙だった。コロナであらゆることが間接的になった世界で、手紙という間接的でありながらしかし温度のあるものに救われた。

久しぶりに書いているので最近のことを思い出すためにカメラロールを見ていると、猫を撮ろうとしたら逃げられてただ地面だけが写った写真があった。

f:id:miwa19940524:20200616212651j:image

一見まったく意味のない写真だが、ああそういえばあの時猫に逃げられたのだよななんてことを思い出したら途端にこの瞬間が愛おしくなった。

また明日も朝5時に起きて仕事へ行く。こんな高架下をずっと歩いて職場へ向かう。

f:id:miwa19940524:20200616215056j:image

高架下を歩いているとなんだがayutokioの「あさがお」が聴きたくなる。


ayU tokiO「あさがお」 MV

明日もきっと音楽を聴きながら歩くのだろう。