記録

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最近のこと

映画までの待ち時間が40分ほどあり、椿屋珈琲に入った。そこそこ混んだ店内でメイド服の店員が席へ案内してくれる。たしか果物がゴロゴロ入ったフルーツティーがあったはずだと思っていたが、縦長のメニューを渡された時にあれは星乃珈琲だったと気がついた。まあでもアイスコーヒーでいいやと注文して待っていると、同じタイミングで頼んでいた隣の席の人のアイスカフェオレがすぐに運ばれてきた。しかし、待てど暮らせどアイスコーヒーが来ない、まあ15分来ないこともあるだろうと、気長に店内のwifiに繋ぎNetflixで観たいアニメのダウンロードに勤しんでいた。喫茶店でアルバイトをしていた身としては、珈琲がちょうど切れてしまって落とすのに時間がかかる可能性も捨て切れないと20分は待った。いやでもさすがに映画の時間を考えるともう待てないぞと店員に、注文通ってます?と聞くと案の定通っていなかった。ごめんなさい、時間ないので注文通ってないなら帰りますと言うと、メイド服の店員が本当に申し訳なさそうに謝った。まわりの人がなんだろうとこちらをちらちらと見ていた。なるべく嫌な言い方はしないようにと何度も声のかけ方を頭の中で考えていたが、相手は必死に謝っていた。ちがうちがう、そんな雰囲気にしたいのではないのだ。なにより僕はノーパンである。ジーンズにノーパンだ。洗濯が間に合わずまあいいかと直にジーンズを履いてきたのだ。僕は特に謝罪をしてほしいわけでもないし、謝罪した側も申し訳ないなんて思うこともなくて、ただ注文が通っていなかっただけで、それだけなのだ。たったそれだけのことで誰かが不快な気持ちになるとか怒られるとかは違うのだ。お願いだからそんな謝る必要はないのだよと思いながらも口に出すことはできずお店を出て映画館へ急いだ。『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観た。テレビアニメから何十年も時間を飛ばした場所から物語が始まりそのやり方に早速涙ぐんでしまった。それからというもの何度も涙ぐみ、ラストに差し掛かるにつれ劇場中の至るところからすんすんと鼻をすする音が聞こえてきた。こんなにすんすん聞こえてくる劇場は初めてかもしれない。それはもう美しい物語だった。

ブログを書いていなかったこの2ヶ月のことを振り返るとなにがあっただろうか。9月の頭に半年ぶりに演劇を観た。ロロのいつ高シリーズ『心置きなく屋上で』だ。いつ高新作は2年ぶりらしく久しぶりの友達に会うかのようだった。コロナ以降初めて劇場で観た作品がこの作品でよかった。舞台に作られた屋上は、まぎれもなく屋上であったし、空を見上げ校庭を見下ろす彼ら彼女たちはほんとうにそうしているのだと思った。やはり演劇のこの感覚は代替不可能だ。演劇は、五反田団の『いきしたい』も観た。これがもう傑作であった。上演時間も1時間とちょうどよい長さだった。最初はなんてことない会話劇かと思っていたが、次第にとんでもないところへ辿り着いていた。いや、なんてことない会話劇であるはずもなく、前田司郎の天才的な巧みさがあるわけだけれども。当日パンフの文章も良かった。

生きるのは、何かを獲得していく過程ではなくて、何かを手放していく過程のように思えます。記憶だって生きてきた時間の分だけ持っているのではなく、両手に持てない分は、道の途中に落としていって、それが時々道に落ちているのを見つけたりもするけど、大抵の記憶は永遠に失われてしまって、失ったことすら思い出せないのに、特定の記憶だけが幅をきかせてこびりついてはがれないこともあって、ままならないものです。

自分は何かって考えるといつも、自分は記憶で出来ていて、その記憶は改ざんされたり紛失したり、作られたりして、結局、確固たる自分などないのではないかと思えて、そんなあやふやな自分が感じている愛だとか憎しみだとかって一体なんなんだろうと、そんなことばかりを考えている。 

まさに今回の作品で描かれていたことはこのことであり、 ああ記憶ってほんとうにそうだよなと思った。死に引っ張られていってしまう感じがどことなくウェストールの『禁じられた約束』っぽさもあった。

演劇はこれくらいしか観ていないがコロナの状況の中で観ることができただけでも嬉しい。本はあまり読むことができていなくて、唯一読んだのはこだまさんの『いまだ、おしまいの地』だ。こだまさんの淡々とした文章の中にある美しさとユーモアのバランスに夢中になって一気に読んだ。

漫画は最終巻が発売されたばかりの『A子さんの恋人』がそれはもう素晴らしかった。連休があったのでじっくりと1巻から読み直して最終巻に突入したのだが、改めて近藤聡乃はとんでもないドラマメイクの才能の持ち主だ。あらゆるエピソードの語りがその辺の脚本家の数倍上手い。すべての登場人物が愛おしくて仕方ないが、最終巻でのU子ちゃんのセリフの「私は全然かわいそうじゃない」には泣いてしまった。これから生きていくなかで支えになるような言葉だ。終わってしまった寂しさと同時にまだ彼女たちや彼らの人生が続いているような気がしてならない。漫画は他には和山やま『カラオケ行こ!』が面白かった。和山やま先生はいま1番新刊が読みたい作家だ。

ラジオはもう1ヶ月も前になるが『マヂカルラブリーオールナイトニッポン0』が期待通りの面白さだった。単発2回目なので早くレギュラーになってほしい。いや、レギュラーになるべきラジオだ。この面白さの感覚はアルピーのANN以来なので早くまた聴きたい。ここ数ヶ月あらゆるラジオが本当に面白かった。くりぃむしちゅーのANN復活であったり、爆笑問題の田中がコロナになり代打で劇団ひとり伊集院光アンガールズが来たり。なによりおぎやはぎは小木が癌の治療で休み矢作もコロナで休んで2人ともスタジオ不在で、その代打にアルピーやハライチ、爆笑問題ザキヤマだったりともうたまらなかった。そしておぎやはぎ復活の9月10日の助っ人全員集合のオギーナイトニッポンには笑いながら感動した。とんでもなくくだらなく、文脈がわからなければなにも面白くないのだけど長年聴いてきた身としてはとにかく良いのだ。GERAも色々と聴いていて、最近はスーパー3助とほしのディスコの『サウナミュージック』の更新を毎週楽しみにしている。スーパー三助のルーザー感が良い。あと、声がさらばの東ブクロに似ている。さらばのラジオのタダバカも毎週本当にくだらなくて面白い。リスナーの高校生に無理やりコンビを組ませて漫才をさせたりしているのだ。

アニメは『僕のヒーローアカデミア』を2週間で4期まで一気に観た。こんな面白いものをどうして見逃していたのだと後悔しかない。『鬼滅の刃』ももちろん面白いが異常なまでの流行り具合に個人的にはヒロアカを推したくなる。おすすめされた『メイドインアビス』も観た。これも面白かった。

年内に引っ越しをしたく物件探しをしている。今は通勤に1時間半もかけて隣の県まで通っているので、もう少し近いところに住もうかと思う。金木犀の香りもどこかへ消え、上着を羽織らなければ外も歩けないような季節になってきた。年を越す前に良い家と良い街を見つけたい。

草餅の香り

もう一ヶ月前ぐらい前の話なのだけれど、夕方電車に乗っていたらぞろぞろと泥まみれの野球少年たちが乗ってきた。中学生くらいで、騒がれたら嫌だなあと思っていると思い思いに手に下げたビニール袋から食べ物と飲み物を取り出し食べ始めた。右からピザポテト、ようかん、からあげ棒、クーリッシュ。飲み物は濃いめカルピス、ファンタメロン、ドデカミン、Qooだった。部活終わりに中学生が選ぶにはあまりもベストなセレクトで感嘆した。黙々と食べては飲みを繰り返し、よそ見している友達のピザポテトにこっそりと手を伸ばしたりもしていた。ちょうど電車は川を渡るところで、夕陽が車内に差し込んでいた。彼ら自身は気づきようのない、永遠のようなものを目撃してしまったような気持ちになった。

最近はずっと気分が低空飛行を続けていて、この気分が自分の当たり前のようになっている。これはコロナのせいだったり暑さのせいだったり色んなことが要因なのだろう。映画もドラマもバラエティ番組も観たいし、本も漫画も読みたいがこの1年くらいは気分がそれらに追いついていかない。好きなことへ向き合う気力がなくなっていることが悲しい。けれども、『愛の不時着』(駅のアナウンスで韓国語が聞こえてくるとリ・ヒョンジョクの顔が浮かんできたり、今でもあの第5中隊のみんなや村の奥様方の愛おしさを思い出す!)も『Nizi Project』も夢中になって観たし、『半沢直樹』も毎週楽しみで仕方がない。もはや流行っているものを執念と楽しみの半々で追いかけている。本は相変わらず児童書を読んでいて、最近はケストナーの『点子ちゃんとアントン』を読んだ。

 

点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)

点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)

 

 

まずもって点子ちゃんというキャラクターの最高に魅力的なこと。最初の1ページ目から社長の娘である点子ちゃんが壁に向かってマッチ売りの練習をしている場面から物語が始まるのだ。このシーンだけでがっしりと読者の心をつかむ。なによりケストナーの作品には嘘がない。人生にはどうしようもないほどにつらいことがあるんだと正直に語る。でもそんな中でも、賢さや勇気、優しさがあれば生きていくことができるとあらゆる物語で伝えてくれる。その「正しさ」が今の自分にはとても響く。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『アーヤと魔女』も読んだ。

アーヤと魔女

アーヤと魔女

 

本当に短いお話なのだがこれもまた賢さをもって行動できる子どもの話だ。

『たいようのおなら』という子どもが書いた詩集をツイッターにのせたところ13万いいね2万リツートといういわゆるバズるという事態になった。こんなこと予想もしていなかったので怖くなってしまった。バズるのは可愛い猫だけだと思っていた。しかしながら『たいようのおなら』は本当に良い詩集だ。とりわけこの「なかなおり」は素晴らしい。

わたしが五さいのとき

おとうさんと

おかあさんが

ふうふげんかをしました

でもいまは

わすれています

きょうは 土よう日

あしたは 日よう日

あさっては 月よう日です

 最後の飛躍の美しさ。

絵本は『ゆうびんやのくまさん』『せきたんやのくまさん』『ぱんやのくまさん』などの働くくまさんシリーズを読んでその淡々と働く姿に美しさをみた。ドラマチックなことはなにも起こらず、ただくまさんが働いてお金をもらい、1日の終わりにお茶を飲み本を読む姿が描かれている。そのなんでもない営みの尊さよ。ちなみに『せきたんやのくまさん』だけ石井桃子が翻訳している。 

 本当に久しぶりにブログを書いた。まったくもって書くことがないと思っていたが、いざ書き始めるとあれもこれもとなって意外に書けてしまうものだ。普段生活していて起こった出来事や気づいたことをブログに書こうとスマホにメモをしたりすることがあるのだが、大抵は見返すとどうでもいいことのように思えて消してしまう。その中でもかろうじて消していなかったことを書いて終わりにする。メモには「草と草餅」と書いてある。これは、仕事帰りに夜道を歩いていたら原っぱから良い香りがしてきて、その時に「あっ草餅の香りだ」と思ったのだが、すぐにいやいや草餅は草からできているから草の香りがするのであって、原っぱから漂ってきたのは草餅の香りではなく草そのものなのだと気づきハッとしたという出来事だ。ただそれだけの出来事だ。

最近のこと

仕事中に職場の窓から見える夕焼けが綺麗だと思えるぐらいのぎりぎりの人間性を保ちながら日々生きている。先月は毎日朝5時に起きて2時間かけて職場に通っていたが、今月は遅番なので夜24時過ぎに帰宅する生活だ。朝5時の日々は家に帰ると死んだように眠り、今の24時過ぎに帰宅する日々は明日がすぐ訪れてしまう短さに嘆いている。

数週間前、ミスドでポンデちぎりパンなるものが売っていたので物は試しと2種類買ってみたがそれはもうただのパンだった。ドーナツを基準にしたらもっちりはしているが、パンを基準にするならばパンが元来持ち合わせているもっちり感にすぎないのだ。ポンデの名を冠しているならば、あのもっちりを期待してしまうではないか。例えるならばスーパーに入っているパン屋さんの総菜パンとちょうど同じ味と触感だった。

この話をだれかにしようと思いながら2週間以上が経った。職場での世間話としてレジに立った際にアルバイトの大学生に話そうかと考えていたがこんなこと大した話ではないしなんだかクレーマーのようで変な人と思われるのではないかと怖くなり話せずにいる。世間話はとても難しく、好きな映画はなにか好きな音楽はなにかと聞かれたときには話を濁してしまう。この質問に大きな意味などないことぐらいわかっているがなにかを試されているような気持ちになる。つい先日職場でこれらの質問をされたが案の定話を濁し、そんなことより好きなファミレスとコンビニの話をしましょうよと強引に話題を変えた。しかし、そんなのありませんと言われてあえなくコミュニケーションに失敗した。

この前、新しく作った日記本の感想をエゴサしていたら、この人はこんなに好きなものがあるのにどうして一行だけですませることができるのだろうか?合わないな。というものがあった。たしかに好きなものはたくさんあるが饒舌になることができない。好きなものを饒舌に語ることができる人は羨ましい。僕はただ好きなものを好きだとしか言うことができない。

先週、職場の人たちと歓迎会のバーベキューがあった。この催しの数週間前から「職場」「バーベキュー」という2単語がぐるぐると頭の中をめぐり、胃が痛かった。当日は、仕事が終わった後に各自現地集合だったので早めに仕事を切り上げて忘れたふりでもして帰ってやろうかと思ったがそこまでの勇気が出なかった。バーベキューは、肉を焼く人というポジションを確保すればその場所にいることが許されるのではないかと思案し、肉を焼こうとしたが歓迎される側だからと拒否された。うまくいかない。しばらくすると、服を脱ぎだす人が現れた。筋肉がすごいからと周りにはやし立てられ上裸になっていた。髭を生やした人がゲイみたいだと言われ、上裸の人と腕を組まされカップルみたいだとみんなが爆笑し写真を撮ったりしていた。ここは地獄か。そのゲイみたいだと言われていた人は、カミングアウトしちゃいなよとか今はそういうのありな時代だよといじられていた。ゲイみたいだと写真を撮り、爆笑していた人たちの軽薄な理解と歩み寄りに怖くなった。そんな中、バーベキューに犬を連れてきていた人がいたので僕はずっとその犬を撫でたりジャーキーをあげたりして、犬が好きで犬をひたすら可愛がる人としてそこにいた。実際、犬はとても可愛かった。お手もおかわりもするし、指で丸をつくるとそこに鼻を突っ込んでくる芸も見せてくれた。その場では犬の無垢さだけが救いだった。2次会に行く流れだったが次の日も5時起きなので早々と帰宅した。

もはやラジオを聴くか仕事へ行くかの日々なので、面白かったラジオについては書きたいことがたくさんある。ここ数週間で言えばそれはもう霜降り明星のANN0だ。せいやの文春報道後のポケひみだけの狂った放送。世間では大絶賛だったが、爆笑問題太田さんのあれはボケのモザイクで股間を隠しただけだと言うのは言い得て妙だった。あの放送の翌週は、報道についてしっかりと触れていてその情けなさが良かった。最低のおはロックには大笑いしたし、世界中にちんちんばらまかれたも笑った。なにより、粗品がこの一件を「友達やからおもろいわ」と言っていて良かった。芸人が相方を友達と言っているとなんだか嬉しくなってしまう。爆笑問題おぎやはぎも会話から友達感が滲み出ていて好きだ。そんなおぎやはぎのラジオで先週小木が話していたマイティとボブの話が最高だった。ボブの話をする前に矢作が「小木のボブの話おもしれえんだよなあ」と言っていたのが良かった。

ラジオ以外の他の出来事といえば、シャムキャッツの解散にはとても驚いた。シャムキャッツの音楽が本当に好きだったのでまたいつか聴ける日がくることを願いたい。タワレコのインストアライブでサインをもらったのが今になっては思い出深い。東京キネマ倶楽部での、サニーデイとのツーマンも良かったなと色々と思い出した。写真フォルダを見ていたらもう4年以上前なのかと驚愕した。

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昨日の夜、野菜を素揚げした。野菜の色がくっきりと鮮やかになったことにやけに感動してしまい写真を撮った。茄子の艶感にうっとりした。

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素揚げした野菜をひき肉しか入っていないカレーに乗せて食べた。オクラもズッキーニも茄子も全てが美味しかった。素揚げブーム到来の予感がしている。

昨日の深夜から朝4時にかけて、Netflix三宅唱呪怨 呪いの家』を観た。30分6話なので長めの映画を観たような感覚だった。本当は1話だけ観るつもりだったがあまりに面白く、朝を迎えていた。さすがの三宅唱で演出が抜群に良い。

この前読んだ町田洋『船場センタービルの漫画』が素晴らしく通勤途中に少し泣いた。

to-ti.in

自分はこういうものが好きで心打たれるのだと改めて思った。最後の「みんな幸福になってくれお願いだ」に畏れ多いが自分が2冊目の日記本のあとがきの最後に書いた文章に重なるものを見た。

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歩きながら、どうかみんな幸せになってほしい、あらゆる物事が良い方向に進んでほしい月並みのことを思った。

今でもこの気持ちは変わらないし、どこか遠いところにいる知っている人も知らない人も、もう関わらなくなってしまった人もみんな幸せでいてほしい。

意味のない写真

これはもう夏だと思う日が続いている。

この一行だけを書いて数週間が経ってしまった。ここ数日は今年は梅雨が来ないんじゃないかと期待したりしたが、どこからともなくひょっこりと顔を出してきた。いつもそうだ。そんなことを思っていたら今日はまた夏のような日だった。

4月から毎日日記を書こうと決意した。しかし、その決意も日が経つにつれて薄れていき5月末にはどこかへ行ってしまった。2ヶ月坊主の自分に我ながら呆れてしまう。4月は頑張れていた。仕事がしばらく休みになり、家にいたからだ。ただその日の料理のことを書けば豊かな自粛期間を過ごしているような錯覚を自分に与えることができていた。実情はもうただベッドに転がっているような日々だ。この自粛期間でなにかを成し遂げることも挑戦もしていない。散歩とスーパーへ行くことだけを楽しみにしていただけだ。きっと、もう一度この休みの日々が訪れたとしても同じことを繰り返す自信がある。なんて自分は駄目なんだと思って辛くなるが、もうそういう性格なんだと諦めるくらいの心境になり始めた。他の人と比べない。

5月に入り仕事が再開してから1ヶ月以上経とうとしている。異動してすぐに休業になったため、まだまだ慣れないが少しずつ周りの人とコミュニケーションが取れるようになってきた。なんだが責任のある立場になってしまっていて不安だが頑張るしかない。6月になってからは、朝5時に起きて仕事へ行っている。これまでは午後から仕事をすることが多かったので、朝から働く気持ちの良さに浸っている。午前中のまだ暑くならない空気のなか職場へ向かうときは、まともな生活をしている感覚になる。まともな生活といえば、この前「本屋title」へ納品に行った際に店主の辻山さんとお話をしたら「営業時間短縮のおかげで人間らしい生活ができています」とおっしゃっていた。titleでは、荒井良二『こどもたちはまっている』とカロリン・エムケ『なぜならそれは言葉にできるから』を買った。

 『なぜならそれは言葉にできるから』はずっと気になっていたのだが4000円という値段になかなか手が出なかったのだけれど今回は思い切って買った。荒井良二さんの絵本は言わずもがな素晴らしい。絵本を開いた瞬間に世界がどこまでも広がっているかのような印象を受けた。最近は、児童書を読んでいこうと張り切っている。まず手始めにケストナーの『エーミールと探偵たち』を読んだ。少年たちの正しくあろうとする姿と勇気になんて素晴らしいんだと感嘆した。続けて同じくケストナーの『飛ぶ教室』を読み始めるとまえがきの段階でとんでもなかった。

どうしておとなは自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもたちにはときには悲しいことやみじめなことだってあるということを、ある日とつぜん、まったく理解出来なくなってしまうのだろう。(この際、みんなに心からお願いする。どうか、子どものころのことを、けっして忘れないでほしい。約束してくれる?ほんとうに?)

人形がこわれたので泣くか、それとも、もっと大きくなってから、友だちをなくしたので泣くかは、どうでもいい。人生、なにを悲しむかではなく、どれくらい深く悲しむかが重要なのだ。誓ってもいいが、子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない。おとなの涙よりも重いことだって、いくらでもある。

生きることのきびしさは、お金をかせぐようになると始まるのではない。お金をかせぐことで始まって、それがなんとかなれば終わるものでもない。こんなわかりきったことをむきになって言いはるのは、みんなに人生を深刻に考えてほしいと思っているからではない。そんなことは、ぜったいにない!みんなを不安がらせようと思っているのではないんだ。ちがうんだ。みんなには、できるだけしあわせであってほしい。ちいさいおなかが痛くなるほど、笑ってほしい。

ただ、ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじげない心をもってくれ!

ボクシングで言えば、ガードをかたくしないければならない。そして、パンチはもちこたえるものだってことを学ばなければならない。さもないと人生がくらわす最初の一撃で、グロッキーになってしまう。人生ときたら、まったくいやになるほどでっかいグローブをはめているからね!

たっぷりと引用してしまった。結局まえがきだけ読んで胸がいっぱいになってしまい本編までたどり着けなかったのでこれから読み進めていくつもりだ。人生には厳しいこともあると正直に伝える姿勢が好きだ。

長い通勤時間は相変わらず狂ったようにラジオを聴いている。先々週の爆笑問題カーボーイでの、太田さんのサラリーマン川柳を大絶賛する田中さんと、田中さんのボビーのモノマネに大笑いする太田さんがとても良かった。先週も、新発売のペヤングを嬉しそうに太田さんの家に買って帰ってくる田中さんの話に幸せな気持ちになった。ケンタッキー食べたりペヤング食べたりしながら2人でネタを作り続けている関係性が本当に好きだ。CD田中も大笑いしながら聴いた。

先日、手紙が届いた。大学の恩師からだった。新しく作った日記本をお送りしたのでそのお礼の手紙だった。コロナであらゆることが間接的になった世界で、手紙という間接的でありながらしかし温度のあるものに救われた。

久しぶりに書いているので最近のことを思い出すためにカメラロールを見ていると、猫を撮ろうとしたら逃げられてただ地面だけが写った写真があった。

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一見まったく意味のない写真だが、ああそういえばあの時猫に逃げられたのだよななんてことを思い出したら途端にこの瞬間が愛おしくなった。

また明日も朝5時に起きて仕事へ行く。こんな高架下をずっと歩いて職場へ向かう。

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高架下を歩いているとなんだがayutokioの「あさがお」が聴きたくなる。


ayU tokiO「あさがお」 MV

明日もきっと音楽を聴きながら歩くのだろう。

5月26日〜5月31日 2ヶ月坊主

5月26日

仕事。昨日職場から電話がかかってきた件で出社するのが憂鬱だったが『三四郎のANN』を聴きながら仕事へ向かった。職場へ着くと意外にもなにも注意されることなく、メールが1通きていただけだった。安堵した。1日働き、帰りは『霜降り明星のANN』を聴きながら帰宅した。粗品の雑なものまねが面白く、桑田佳祐のものまねは巻き戻して2回聴いた。

 

5月27日

仕事。『アルコ&ピースのDCガレージ』を聴きながら職場へ向かった。お昼は人工池を眺めながらコンビニのパンを食べた。

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21時過ぎに退勤し、22時半頃に帰宅。チョコミントアイスを食べた。

 

5月28日

仕事。『深夜の馬鹿力』を聴きながら仕事へ。この日のお昼も人工池を眺めながら食べた。

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昨日と同じくらいの時間に帰宅。

 

5月29日

仕事。『メガネびいき』を聴きながら職場へ向かった。この日も池を眺めながらお昼を食べたが写真を撮り忘れた。夜は昨日と同じくらいの時間に帰宅。コンビニで買ってきた麻婆丼を食べた。

 

5月30日

休み。

 

5月31日

仕事。『爆笑問題カーボーイ』を聴きながら職場へ向かった。仕事中、突然体調が悪くなったがお昼休憩にポカリをがぶ飲みしてなんとか立て直した。日曜かつ月末で忙しく、1時間ほど残業した。帰りは、『オードリーのANN』を聴きながら電車に乗った。コンビニでジャイアントコーンを買って23時半ごろに帰宅。ジャイアントコーンを食べながら、『乃木坂工事中』『欅って、書けない?』『日向坂で会いましょう』を観て眠りについた。

4月から毎日書こうと思っていた日記を5月で終わりにすることにした。2ヶ月坊主だ。結局書き続けることができていたのはコロナで仕事が休みになっていた時期だけで仕事が再開してからは書けなくなってしまった。これからは、これまでのように書きたくなったら書く。だんだん雑になってしまったのが悲しく情けない気持ちで一杯だ。

5月25日

仕事は休み。朝起きて、パンを食べた。今日には緊急事態宣言が解除されるらしい。眠くなってしまい二度寝をすると、職場から電話がかかってきていた。昨日のミスについてだろうか。心臓がバクバクして折り返すのに5分ほどかかってしまった。案の定、昨日についてのことで状況を説明した。こういうことが多くて本当に自分が嫌になってしまう。この出来事だけで明日職場へ行くのが億劫になってしまった。気分が落ち込んでいるがせっかくの休みなので、外へ出た。高校生からずっとコンタクトだったのだが、3月頃からもうコンタクトをやめてメガネにしている。今更だがそのほうが楽なことに気がついたのだ。家でいつもかけていたメガネのつるが緩く、下をむくたびにずり落ちていたのだが自粛期間でずっと家にいたので特に気にせず生活していたが、働くようになってさすがに支障をきたすようになったので調整してもらうためにメガネ屋へ行った。あっという間に緩みがなくなり、これまでのストレスがすべて消え去った。これだけのことで生活のなかでのストレスがこんなにも無くなるのなら早く直してもらうべきだった。久しぶりに本屋へも行った。『天国大魔境』4巻と『潮が舞い子が舞い』3巻を買って帰った。家に帰ってだらだらと漫画を読み過ごした。今日は、なにをしていても明日出社するのが心底嫌だという気持ちがずっと横たわっていた。

5月24日

朝6時頃に暑くて起きた。今日は26歳の誕生日。朝7時ぐらいに父親から誕生日おめでとうとラインがきた。12時から出勤だったので、10時に家を出た。行きのラジオは『ハライチのターン』を聴いた。岡本真夜の「ハピハピバースディ」の乱用に毎年のことながら笑ってしまう。昨日の日記も書いた。毎日書けていなかったのでなんとか誕生日をきっかけにここからまた書いていきたい。ここ数日の間は、箕輪厚介のセクハラやその周辺に心底嫌な気持ちになったり、テラスハウスに出演していた方が誹謗中傷で自殺をしたことに辛くなったりしていた。本当にやるせないことが多い。

仕事は、お客さんがたくさん来た。もう完全に自粛解禁ムードだ。お昼は、外の公園で人工池を眺めながらコンビニのおにぎりを食べた。公園にもたくさんの人がいた。日差しは暑いが風が冷たく心地良かった。休憩中に母親と姉から誕生日おめでとうラインが来たので返信をした。姉には、アラサーだね!と言われた。仕事に戻り働いた。閉店後、お店の締めをしていたらミスが重なり1時間以上退勤が遅れてしまい22時半ごろに電車に乗った。やはりミスが多い自分に悲しくなる。誕生日なのになあなんて思いながら電車に揺られた。去年は誕生日になにをしていただろうかとブログを振り返ってみると夜勤で夜の公園でファミチキを食べていた。夜勤の日々がもはや懐かしい。ちなみに去年はこれまでの誕生日を振り返るブログも書いていた。

miwa0524.hatenablog.com

 いつのまにか30歳になっていそうで怖いが楽しい未来が待っていると信じたい。駅のホームで飲み物とゼリーの間のようなものを買った。日付が変わる前の最後の飲食がこれになった。

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こういうのが好きで時々買ってしまうのだが30歳になっても買うのだろうか。24時前に家に着き、『乃木坂工事中』『欅って書けない?』『日向坂で会いましょう』を観た。けやかけで大園玲が自粛期間中は散歩に出て雑草の写真を撮っていると言っていて、良い子だ…と思った。河田陽菜が『ひらがな推し』の駅伝で道端の葉っぱを見て「この葉っぱめっちゃ好きです、いつもあるから」と言っていたのも良かったなと思い出した。雑草をまなざすことができる子は愛おしい。