記録

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虚無の散歩

散歩に出かけた。フィルムカメラを持って。以前までは写ルンですを常備していたのだが、ここはひとつカッコつけてみますかとフィルムに手を出してしまったのだ。街中でカメラを持っているそれっぽい人を見ると、うわーと思ってしまう自分がいたのだが、もうそういうのは辞めた。いや、辞めはしないけれどとりあえず息を潜めてもらうことにした。

電車で本郷三丁目まで行き、その周辺の散策をして御茶ノ水まで歩いた。本郷三丁目まで行く電車は平日の昼間ということもあって空いていた。赤ちゃんを抱えた人を電車を乗り換えるたびに見かけ、普段朝とか夜に電車に乗ることが多いので新鮮で、そりゃこの時間に行動するよなあと当たり前のことを思った。満員電車が本当に苦手なので、昼間に電車に乗るとあの状況がどんなにおかしいか実感する。お母さんに抱えられた赤ちゃんは終始キョロキョロしていて、母親はそんな赤ちゃんを微笑みながら見つめていた。最終的に赤ちゃんの視線は、となりに座る女子高生の単語帳に集中された。赤ちゃん特有のふわふわとした髪の毛が電車内の暖房の風に揺れ、母親の鼻先に触れていた。母親は目をつぶってその髪の揺れを感じていた。その隣では、老眼なのか眼鏡を額に上げてスマホをいじる初老のサラリーマンがいて、またその隣には、紫色のスカートを履いた海外の女性がいた。なにも特別なことがない車内。赤ちゃんを笑わそうとするお茶目な高校生もいなければ、怒鳴りだすおじさんもいない。海外の女性が正論を言って乗客拍手喝采みたいなこともない。ただ、赤ちゃんの髪の毛が風で揺れるだけの車内。

本郷三丁目周辺に行こうと思ったのは、辞めた会社に勤めていた際、辛すぎて職場の神保町からそこまで逃走したことがあったからだ。逃走と言っても、仕事で使った大量のバスタオルをコインランドリーに持っていくという理由があったわけだが。今思うと大量にバスタオル使う仕事ってなんだよ。とにかく、大量のバスタオルを抱えながら本郷三丁目にあるコインランドリーまで歩いたのだ。会社の同じ部署の先輩や上司は、いつも午後にならないと出勤しないので午前中にコインランドリーに行き、束の間の1人の時間を過ごしていると、そんな時に限って上司が早く出勤したらしく、お前はなんで会社にいないんだ、と電話で怒られた。そんな思い出があるその場所は、一目見て散歩しがいのある場所だと思い、今度来ようと決めていたのだ。それから半年経って、やっと訪れた。坂の多い本郷三丁目周辺は、やはり散歩しがいがあり、パシャパシャと写真を撮りまくった。そこから後楽園の横を通り、御茶ノ水まで行き、橋の上から夕方の駅などを撮った。どれも、肉眼で見た時に、綺麗だなあ美しいなあと思った光景だ。フィルムが終わったので、御茶ノ水から電車に乗り、新宿のカメラ屋さんで現像に出す。1時間の待ち時間を本屋などに行き、時間を潰した。初めてのフィルムカメラで、どんな写真が撮れているのかわくわくしながらカメラ屋さんに戻ると、全ての写真が未露出でした、と言われた。カメラへの装填ミスで1枚も写真が撮れていなかったのだ。現像代の700円だけ払い、なにも得ないまま寒空のなか肩を落としながらレンタサイクルで帰宅した。

今日1日は、なにも写っていない写真をひたすら撮り続けていたわけだ。しかも、カメラを持つことに恥ずかしさがあるため、キョロキョロと周りを見渡して一目がない時を見計らってシャッターを切っていた。あの行動は一体なんだったのか。しかしここで、あの時肉眼で見た景色の美しさは消えることはない、みたいなことを書いておけばそれっぽくはなるが、フィルムカメラデビューの自分としては、現物としての写真が手元に欲しかったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

そう言えば、ハイエナズクラブ自由研究2018でこのブログを紹介していただいています。コメントも貰えて嬉しい。

【結果発表!】ハイエナズクラブ自由研究2018 | ハイエナズクラブ