記録

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風景

いつもよりも遠いコインランドリーへ徒歩で行く。本を一冊持って、30分の読書タイムだーと張り切っていたが、そこにはイチャつく外国人カップルがいて、とてもじゃないけど、居座り読書をする雰囲気ではなかった。だから僕はいまファミレスにいる。こんな24時過ぎに。後ろには、机いっぱいになにかの書類を広げた中年のサラリーマンがいる。隣の隣には、音楽ライターは音楽が好きすぎるからつまらない、ユーモアが足りないと豪語する頭に剃り込みが入った人がいる。ちょうど今、厨房から私服の人がお疲れ様でしたーと言いながら出てきた。24時で上がりだったのだろう。

アルバイト先から自転車で帰る途中に、開かずの踏切がある。10分は確実に開かず、20分ほど待つ時もある。大抵引っかかるのは、夜で、赤い点滅をボーっと眺めることになる。なぜだかその時は、その風景を構成する要素全てが目に入り、世界ってとんでもねえぞと思った。赤色の点滅、電車が来る方向を示し発光する矢印、風でしなる黒と黄のバー、電車が通り過ぎる時に見え隠れする向こう側で待つ車や自転車のライト、遠くに見えるアパートの窓から漏れる光。電車が通り過ぎる音、風の音、話し声。そして、そこで待つたくさんの人々。踏切が開くのを待つ光景は、様々な要素が重なりいま目の前にあるのだ。そんなことがとても奇跡的なことであるかのように思えた。本当は、全ての瞬間がこうやって成り立っているわけだが、いつもこんなことを考えているわけにはいかない。20分もの間、ただ踏切が開くのを待つ時間だけが風景の構成要素を眺めることができるのだ。

ちょうど1時間、ファミレスにいる。本当は、コインランドリーで30分過ごすはずだったのに、僕の濡れた洗濯物は誰にも見守られることなく、回転を終え、回収されるのを待っている。帰らねば。

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