記録

記録

となり駅まで

ここ数週間の大きな出来事といえば、松屋のごろごろ煮込みチキンカレーが食べたすぎて、短い仕事の休憩中に隣駅まで電車に乗っていったことだ。わずか1週間限定の復活で、あと何回食べることができるだろうかと思っていたが、結局1度食べるだけで終わってしまった。お昼時でもない、15時ごろの店内は人はまばらで、みんなチキンカレーを食べていた。券売機の前には、小学生の男の子とその母親らしき人がいた。中国語を話していた。子どもがなかなかメニューを決められず、5分以上あれこれ母親と話している。あーはやく決めてくれないと休憩終わっちゃうよ、焦りながら美味しいカレーを食べたくないよと思っていると、母親が振り返り、僕の存在に気がついた。その途端、子どもを罵倒の寸前くらいの勢いで急かし始めた。なぜか日本語で。はやく、はやくと。私たちは急いでいますよと伝えたかったのだろうか。結局、子どもはなにも決められず席に着き、母親の牛すき鍋膳をつついていた。急かしてごめんなさい。

松屋のチキンカレーといえば、佐久間さんのANN0で、チキンカレー復活ポスターに祭と書かれていて、勝手に祭にするな、俺たちが祭にするからと言っていて面白かった。人気であると自覚していても、それを自らおおっぴらにするのは引いてしまうのでよくわかる。そんなことより、創業カレーを復活してくれ。あれは本当に美味しかった。

アゴラで、今泉力哉と玉田企画『街の下で』を観た。終始、本当にこれでいいのだろうかと思いながら観ていた。瞬間としての面白さはあるのだけれど、玉田企画のこれまでの作品のような場面の積み重ねがなく、もったいなさを感じた。構造は、数年前に玉田企画がテアトロコントで上演したものと同じであったが、あの時は30分だからこそ面白かったのだ。今泉力哉的作品部分をフリにするのではなく、そこをベースに玉田さんのいつもの展開が観たかった。あくまでも、こちらが観たかったものに過ぎないのだけれど。終盤の不条理劇的展開も、城山羊の会やケラさんの作品を観てしまっている以上、もっともっとずれていってしまってもよかった。観終わって、ナカゴーが観たくなった。

先日、久しぶりに荻窪のTitleへ行ったら、辻山さんに日記本良かったですと言われて本当に嬉しかった。数ヶ月前に渡したのだけれど、その時は勇気が出ずに一度普通にお会計をしてお店を出て、駅までの帰り道に、いや、やっぱり渡そうと道を引き返したのだった。あの時、勇気を出してよかった。男性でこのような日記を書く人はあまりいないので、きっと好きな人がたくさんいると思いますと言われた。

昨日は高校の友達と、タイ料理屋でカレーを食べてからオールナイトニッポンの脱出ゲームをやりにいった。タイ料理屋で大きなプーパッポンカリーを頼んで時々うまいうまいと言いながら、ほとんどの時間を黙ってあの棒を使ってカニをほじくる作業に没頭していた。黙っているので隣の席の女性たちの会話が聞こえてくる。その内容が不倫だの恋愛依存症だのの話で、疲れてしまった。誰も傷つけない方法で恋をしてくれ。

オールナイトニッポンの脱出ゲームは、4人1組の参加らしく、こちらは友達と2人きりだったので知らない男性2人と一緒に組むこととなった。謎解きは成功して、無事脱出できた。その2人はいかにもラジオリスナー風の人たちで、どんなラジオを聴いているのか少しだけ話した。帰りに佐久間さんのハガキをもらった。

f:id:miwa19940524:20191103235448j:plain

その後、友達と椿屋珈琲でお茶をした。友達の中では、椿屋珈琲はメイド喫茶と同じ枠組みらしい。思えば僕が仕事が辛かった時にすぐに彼が連れていったのも渋谷のメイド喫茶のような場所で、仕事を辞めた後に連れて行ってくれたのも巫女barであった。いや、椿屋珈琲はしっかりとした喫茶店だ。

しばらく話しをした後に、僕はカネコアヤノのライブへ行った。日芸の学祭の企画だ。カネコアヤノは相変わらずかっこよくてその佇まいが美しかった。ひとつひとつの言葉と音を逃さないよう正座して聴きたいと思った。「アーケード」と「燦々」に泣いた。そもそも、学祭というものに初めていった。大学時代は、自分の大学の学祭に一度も行ったことがなかった。あまりにも規模が大きすぎて怖かったのだ。大学時代、なぜか僕は親に、学祭毎年行ってるよと嘘をついていた。初めて行った学祭は、日芸になった。

f:id:miwa19940524:20191103235318j:plain