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記録

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ゴールデンウィークのこと

 

ゴールデンウィーク中のことを思い出せる限り断片的に書いていこうと思う。

まず、横須賀に日帰りで行った。猿島という無人島に行ってみたかったのだ。横須賀からフェリーで15分程の非常にアクセスのいい無人島。元々は戦時中に軍の要塞として使われていた島で、今でもその要塞跡が島中に残っている。島に上陸してまず見えてくるのが海水浴場やBBQ場としても使われている砂浜。

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砂浜を抜け、山の中に入るとそこには、苔で覆われたレンガの壁があった。

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これだけで雰囲気は抜群。さらに進むとトンネルもある。

 

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いくつかのトンネルを抜け、若干の山道を登ると海を見渡せる場所に出た。ここは砲台の跡らしい。

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山を下る途中にまたトンネルがあった。誰もいなかったら光の中に走っていきたいような気分になる。

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猿島は1時間もあれば、ぐるっと徒歩で見て回れるので、あっという間に再びフェリー乗り場に着いた。戦時中の建物を見ると、かつて誰かがそこにいたってことを想像してしまう。どの場所だって、誰かがそこにいたことには変わらないんだけど。

 

 

ゴールデンウィークは実家にも帰った。帰る電車の中で柴崎友香の「わたしがいなかった街で」を読んだ。 

わたしがいなかった街で (新潮文庫)

わたしがいなかった街で (新潮文庫)

 
なぜいままで読んでこなかったのだろうかと後悔するほどに面白かった。なにが面白いのかまだ言葉にすることができないが僕はこんな本を読みたかった。風景の背景にある歴史が見える瞬間とか、なぜそこに自分がいなかったのかなど日頃覚える感覚が小説の中にあった。あとは、頻繁に耳にする日常ということに対するひとつのアンサーが書かれていた。

 

日常という言葉に当てはまるものがどこかにあったとして、それは穏やかとか退屈とか昨日と同じような生活とかいうところにあるものではなくて、破壊された街の瓦礫の中で道端で倒れたまま放置されている死体を横目に歩いて行ったあの親子、ナパーム弾が降ってくる下で見上げる飛行機、ジャングルで負傷兵を運ぶ担架を持った兵士が足を滑らせて崩れ落ちる瞬間、そういうものを目撃した時に、その向こうに一瞬だけ見えそうになる世界なんじゃないかと思う。

 

 
 
実家に帰ってきてからは家族で飛騨高山に行った。良い感じの古い町並みが広がる。それにしても人が多かった。

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もちろん飛騨牛も食べた。もっとがっつり、肉だ!ステーキだ!みたいなのを食べたかったのだけど家族で小洒落たフレンチのお店に入ってしまった。美味しかったからいいけど。

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あとは高山陣屋にも行った。

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釘を隠すためのうさぎの金具が最高に可愛い。

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こんな感じで飛騨高山を満喫して家に帰ってきた。翌日、東京に戻ってきてゴールデンウィークが終わった。