記録

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となり駅まで

ここ数週間の大きな出来事といえば、松屋のごろごろ煮込みチキンカレーが食べたすぎて、短い仕事の休憩中に隣駅まで電車に乗っていったことだ。わずか1週間限定の復活で、あと何回食べることができるだろうかと思っていたが、結局1度食べるだけで終わってしまった。お昼時でもない、15時ごろの店内は人はまばらで、みんなチキンカレーを食べていた。券売機の前には、小学生の男の子とその母親らしき人がいた。中国語を話していた。子どもがなかなかメニューを決められず、5分以上あれこれ母親と話している。あーはやく決めてくれないと休憩終わっちゃうよ、焦りながら美味しいカレーを食べたくないよと思っていると、母親が振り返り、僕の存在に気がついた。その途端、子どもを罵倒の寸前くらいの勢いで急かし始めた。なぜか日本語で。はやく、はやくと。私たちは急いでいますよと伝えたかったのだろうか。結局、子どもはなにも決められず席に着き、母親の牛すき鍋膳をつついていた。急かしてごめんなさい。

松屋のチキンカレーといえば、佐久間さんのANN0で、チキンカレー復活ポスターに祭と書かれていて、勝手に祭にするな、俺たちが祭にするからと言っていて面白かった。人気であると自覚していても、それを自らおおっぴらにするのは引いてしまうのでよくわかる。そんなことより、創業カレーを復活してくれ。あれは本当に美味しかった。

アゴラで、今泉力哉と玉田企画『街の下で』を観た。終始、本当にこれでいいのだろうかと思いながら観ていた。瞬間としての面白さはあるのだけれど、玉田企画のこれまでの作品のような場面の積み重ねがなく、もったいなさを感じた。構造は、数年前に玉田企画がテアトロコントで上演したものと同じであったが、あの時は30分だからこそ面白かったのだ。今泉力哉的作品部分をフリにするのではなく、そこをベースに玉田さんのいつもの展開が観たかった。あくまでも、こちらが観たかったものに過ぎないのだけれど。終盤の不条理劇的展開も、城山羊の会やケラさんの作品を観てしまっている以上、もっともっとずれていってしまってもよかった。観終わって、ナカゴーが観たくなった。

先日、久しぶりに荻窪のTitleへ行ったら、辻山さんに日記本良かったですと言われて本当に嬉しかった。数ヶ月前に渡したのだけれど、その時は勇気が出ずに一度普通にお会計をしてお店を出て、駅までの帰り道に、いや、やっぱり渡そうと道を引き返したのだった。あの時、勇気を出してよかった。男性でこのような日記を書く人はあまりいないので、きっと好きな人がたくさんいると思いますと言われた。

昨日は高校の友達と、タイ料理屋でカレーを食べてからオールナイトニッポンの脱出ゲームをやりにいった。タイ料理屋で大きなプーパッポンカリーを頼んで時々うまいうまいと言いながら、ほとんどの時間を黙ってあの棒を使ってカニをほじくる作業に没頭していた。黙っているので隣の席の女性たちの会話が聞こえてくる。その内容が不倫だの恋愛依存症だのの話で、疲れてしまった。誰も傷つけない方法で恋をしてくれ。

オールナイトニッポンの脱出ゲームは、4人1組の参加らしく、こちらは友達と2人きりだったので知らない男性2人と一緒に組むこととなった。謎解きは成功して、無事脱出できた。その2人はいかにもラジオリスナー風の人たちで、どんなラジオを聴いているのか少しだけ話した。帰りに佐久間さんのハガキをもらった。

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その後、友達と椿屋珈琲でお茶をした。友達の中では、椿屋珈琲はメイド喫茶と同じ枠組みらしい。思えば僕が仕事が辛かった時にすぐに彼が連れていったのも渋谷のメイド喫茶のような場所で、仕事を辞めた後に連れて行ってくれたのも巫女barであった。いや、椿屋珈琲はしっかりとした喫茶店だ。

しばらく話しをした後に、僕はカネコアヤノのライブへ行った。日芸の学祭の企画だ。カネコアヤノは相変わらずかっこよくてその佇まいが美しかった。ひとつひとつの言葉と音を逃さないよう正座して聴きたいと思った。「アーケード」と「燦々」に泣いた。そもそも、学祭というものに初めていった。大学時代は、自分の大学の学祭に一度も行ったことがなかった。あまりにも規模が大きすぎて怖かったのだ。大学時代、なぜか僕は親に、学祭毎年行ってるよと嘘をついていた。初めて行った学祭は、日芸になった。

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金木犀の香りに敏感でいたい

道行く人たちがいつのまにかコートや上着を羽織っている。どうして暖かい日から寒い日へ移り変わるばっちりのタイミングで適切な服装をすることができるのだろうか。駅のホームでふと周りを見回すと、自分だけ上着を着ていないみたいなことが起きる。実は、国が管理してる超巨大なライングループみたいなのがあって、そこで全国民で口裏を合わせてたりするのではないか。

最近はというと、相変わらず仕事の休憩は深夜の公園にいたりする。さすがに寒くなってきたが、コンビニのおでんが美味しくて幸せだ。日勤の日に、いつも通り公園に行くと、ベンチの上にある木が金木犀だった。深夜の暗闇のなかではまったく気がつかなかった。この季節になると、金木犀の香りだ!みたいなことを言う人がいるが、あまり金木犀の香りが分からない。分かるんだけど、分からない。金木犀の香りに敏感でいたい。

この1ヶ月で観た映画は『HELLO WORLD』のみだ。演劇は、ゆうめい『姿』と、藤田貴大作『蜷の綿』『まなざし』だ。『HELLO WORLD』は、ロロの三浦さんがツイッターで絶賛していたので観に行った。がっつりSFであった。観ている最中は頭の整理が追いつかず、全体がぼんやりとしか見えていなかったのだが、観終わってこの作品のことをふと考える度に、ああそういうことかと輪郭がはっきりしてきて、素晴らしい作品だったと気がついた。誰かのことを想う気持ちで人が生き返るのは、ハイバイの『霊感少女ヒドミ』っぽいし、せめてデータの中だけでも幸せでいて欲しいというのは、身勝手ではあるけれど、世の中に溢れる物語の救いの部分であり、マキューアンの『贖罪』を思った。ゆうめいの『姿』は、これまでの作品の集大成といった感じで、セットや舞台を大きく使っていてとても良かった。しかしそこには変わらない切実さがあった。とても素晴らしかった。いや、素晴らしかったという言葉で片付けていいのかわからない。過去と現在が同時に舞台上に現れるのは演劇でしかなし得ないことだと思っているので、そういう表現が好きだ。あと、僕はダンスに弱い。舞台上でそれほど上手ではないダンスを踊られると泣いてしまう。この前、犬飼勝哉『ノーマル』を観た時にも思ったのだが、改めて三鷹芸術文化センターの星のホールはいい劇場だ。

『蜷の綿』と『まなざし』は、ああマームだなという感想を抱いた。5年以上前に初めてマームを観た時は、こんな表現があるのかと衝撃を受け感動したのだが、今では観に行く度にもういいかなと思ってしまう。それでも毎回観に行っているわけだが。

坂元裕二さんから、「行った旅行も思い出になるけど行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」Tシャツが届いた。朝ポストを開けたら届いていて、嬉しくて仕事に向かう途中で開封してしまった。

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最近は、シャムキャッツの「我来了」をよく聴いている。


シャムキャッツ - 我来了 / Siamese Cats - 我来了 (Official Music Video)

ジャケットもMVも可愛くて大好きだ。来月、姉とその夫と僕の3人でシャムキャッツ のライブに行くことになっている。どういうふるまいをすればいいのか分からず今から頭を悩ませている。シャムキャッツに夫婦でハマっているらしいが、何年も前にシャムキャッツを教えたのは僕だ。それにしても、「おしえない」のMVは本当に良い。あらゆる風景の断片がある。


シャムキャッツ - おしえない! / Siamese Cats - Reflux

今は、深夜の2時半でいつもの公園にいる。どこからか、虫の鳴き声が聞こえる。これほどブログを書かなかったのは、いつ以来だろうか。就活がまったくうまくいかなくて気分が落ち込んでいた以来かもしれない。あれから2年以上も経つのか。同い年の人は社会人3年目とかで、自分はまだ1年目のようなものだ。相変わらず、あらゆることから遅れをとっているが、まあいいか。

11月24日の文学フリマ東京に出る。その準備で忙しくて、最近書けていなかったと言い訳したい。文フリは、僕の大好きで尊敬する皆さんに文章を書いていただいてそれをまとめた冊子にする予定です。来ていただけたら嬉しいです。

最後に、かなり前になるがとても美しい夕焼けを見た。Y字路と左右の坂のズレがなんだか不思議だった。こういう瞬間を、なるべく忘れないで生きていきたいと思った。

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しっかりとした気持ちでいたい

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深夜の公園のベンチで、残り少ない缶ジュースを飲み切ろうと顔をぐっと上にあげた時に不意に見えた月がとても美しかった。最近は夜勤が多く、生活リズムが狂っていたので体がずっとしんどかった。夜勤夜勤日勤夜勤の怒涛の連勤で自律神経がどうかしてしまっていた。朝5時まで働いたその日の16時に出勤したりしてるわけでそりゃ疲れがとれないわけだ。久しぶりに今日はしっかり休みだと思っていたが、姉の結婚式がある。姉の結婚よりも、睡眠がほしい。

最近観たものでよかったのは、KAATで観た快快『ルイ・ルイ』だ。ラジオから流れるのは、幾人もの物語とも言えない、断片たちだ。一貫性のない、ばらばらでつながりのない彼ら彼女たちは、それぞれのダンスを踊る。そのひとつひとつが、楽しくて面白くて、でも淋しくて孤独で、まるで生きていくことのすべてがそこにあるようだった。

カネコアヤノの新しいアルバム『燦々』をよく聴いている。いや、むしろそれしか聴いていない。だからもちろん、タワレコのインストアライブにも行った。なんて力強いのだろうといつも思う。「光の方へ」の歌詞にある、

隙間からこぼれ落ちないようにするのは苦しいね

の部分にどうしたって泣きそうになってしまうし、その後に続く

だから光の方へ 光の方へ

は祈りのようで救われる。LPも詩集も手にすることができて、詩集は生活に馴染むようなサイズ感が愛おしい。印刷も藤原印刷でこだわりを感じた。

昨日は、仕事が20時に終わり、帰りにスーパーで鶏肉を買って、家でチキン南蛮を作った。油で揚げたり、タルタルソースを作ったりで自分は今、料理をしているなと俯瞰的に思ったりした。とても美味しく作れて、一緒に買ってきた辛口のジンジャーエールを飲んだりなんかしちゃって、そんなことをしていたらキングオブコントを見逃した。そして、ハーゲンダッツのずんだ味を食べて洗濯機を回してコインランドリーへ行った。コインランドリーの行き帰りに洗濯物の重さの違いを感じた。

これから式場へ着く5分前にこれを書いている。結婚式より、昨日のチキン南蛮のことや、コインランドリーの行きと帰りで異なる洗濯物の重さについて考えている。

束の間の

 

今夜ダンスには間に合う

散々な日でも ひどい気分でも

分かり合えなくても 離れ離れでも

今夜ダンスには間に合う

なにも持ってなくても 失くしてばかりでも

あまりにも手遅れなことがうんざりするほどたくさんあるけどまだ音楽は鳴ってる僕のところでも君の街でも

ここ最近はよく、思い出野郎Aチームの「ダンスに間に合う」を聴いている。辛さが常にあり、気持ちの浮き沈みが激しいのだか、こういった音楽に救われている。

youtu.be

いつだって苦しいよ

だけど今日はたのしい

カネコアヤノの「とがる」もよく聴いている。

youtu.be

ひどい気分だし、いつだって苦しい。それはかわらない。けれど、どこかで音楽が鳴っていることや、一瞬の楽しいことに束の間の救いがある。そんな束の間のことについて書いていく。

ここ数日は、漫画をいくつか読んだ。阿部共実『潮が舞い子が舞い』、ゴトウユキコ『夫のちんぽが入らない』3巻、和山やま『夢中さ、君に。』すべてが素晴らしかった。『潮が舞い子が舞い』は、永遠に続けばいいと思ったし、『夫のちんぽが入らない』は毎回表紙が美しく、ゴトウユキコさんの絵でこんなにもこだまさんの原作の持つ魅力を拡大することができるのかと圧倒されるし、『夢中さ、君に。』はもはや感嘆してしまった。

土曜は久しぶりにヒコさんと会い、カレーを食べに行った。霜降り明星粗品のフライデーの写真を見て笑ったり、今月発売される阿部和重神町トリロジーの新作のあらすじを読んで、絶対に面白いに決まってるなどと話した。山階基『風にあたる』をおすすめした。この歌集は、読み終わってからもふとした瞬間に部屋でぱらぱらとめくり読んでしまう。

ほっといた鍋を洗って拭くときのわけのわからん明るさのこと

この歌集に載っている、一つ目の短歌で、個人的にとても好きな短歌だ。

土曜の夜は、さきほどの漫画を読んだりしていたが、ふとした瞬間に気持ちがしんどくなり朝4時まで眠れなかった。日曜になって12時前に起きてバタバタと三鷹へ向かい、犬飼勝哉『ノーマル』を観た。「普通」についてのとても面白い作品で、素晴らしかった。そしてとても巧みだった。買い物をしたりして家に帰ってきて、カレーを作ったが気持ちが落ち着かずベッドに横になりそのまま眠ってしまった。20時頃起きて、カレーを食べた。

夜は、ユーチューブでキャンパスナイトフジを見ていた。放送されていたのはもう10年も前になるのか。高1の学校に行きたくなくてしんどい時に深夜見ていて救われていた番組だ。なんとなく検索したらたくさんあがっていた。とても下らなくてひどい内容だが、ハライチだってオードリーだってレギュラーで出ていたのだ。女子大生相手に10年前のオードリーはMCをしていた。今では日向坂だ。

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澤部さんはもはや少年だ。こちらは欅坂のMCをやっているわけで。後ろには岩井さんもいる。

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そして、テレビで曽我部恵一峯田和伸を見たのもキャンパスナイトフジが初めてだった。辛い時には無意識にキャンパスナイトフジを求めてしまうのかもしれない。

先々週のむつみ荘からのオードリーのANNが心底良かった。セックスの揺れで倒れたクリスマスケーキの上のサンタクロースを見て、ファーゴだと思った話の素晴らしさよ。高円寺に住んでいた時、むつみ荘が近かったので散歩がてら何度も見に行っていたことを聴きながら思い出していた。窓から顔出してないかななんて期待をしていた。

台風が来ているようだ。外からは風の音が聞こえ、雨粒が窓に当たっている。台風が去る頃には、辛い気持ちもどこかへ行ってしまえばいいと思うがきっとそうはいかないだろう。漫画を読んだり、ラジオを聞いたり、下らない番組を見たりして、そんなことに束の間の救いを求めている。

今日よりも

 

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今日は、今年初めて梨を食べた。近所のスーパーの出入り口付近に梨は置かれていて、1つ98円。そこはかつて桃が置かれていた場所だった。梨相場がまったく分からないのだが、きっと安いに違いない。梨はそれほど高いイメージがあるわけではないが、一目見てあの瑞々しさが口の中に広がり、すぐに手を伸ばした。今日スーパーで梨に手を伸ばした時は午前中で、箱の中にはぎっしりと梨が詰まっており、選び放題だった。まあ100円だし、なんて気持ちもあったが、最高の1つを持ち帰ろうと吟味した。とっておきの梨を見つけ、家に帰り、冷やす。そして仕事へ行き、夜帰ってきて冷えた梨を食べたのである。一口食べて、その瑞々しさと甘さにおいおいおいこんなのもう美味しすぎてどうかしてるよと、気持ちが満たされた。これはもうあれだ、美味しい甘い水だ。

なぜこんな梨のことばかりを書いているかと言うと、もちろん美味しかったからであるわけだが、実は今日、あまりうまく梨を剥けなかったのだ。仕事に対しての意欲もそれほどなく、成長したいなどの上昇志向もない、いつも定時で帰る僕は、やはりあまり慣れない梨を剥くことに関しても、まだ半人前なのだ。しかし、僕には桃の前例がある。桃は、常に昨日よりも今日の方が上手く剥けていた。きっと梨もそうなるだろう。僕にはまだ成長の余地が残されているのだ。部屋は相変わらず汚いし、服も脱ぎっぱなしだったりするけれど、生活の中の梨を剥くということに関してはこれから成長していく可能性があるのだ。それにしても、梨は美味しい。現時点で、98円を払って得られる幸せのなかで、梨を超えるものはないしきっとこれからもそんなものは現れないだろう。あんなに愛した桃は、梨から離れた場所にあって、180円になっていた。

皮と実のあいだにナイフを滑らせる同じ動きで浮気は容易に

 

miwa0524.hatenablog.com

 

昨日よりも

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最近は、桃ばかりを食べている。近所のスーパーの出入り口付近に桃は置かれていて、1つ100円。桃相場がまったく分からないのだが、きっと安いに違いない。桃は高いイメージがあるので、初めて見かけた時はすぐに手を伸ばした。そのスーパーで初めて桃に手を伸ばした時はもう23時近くで、箱の中には色の変わった桃が数個残っているだけだった。その時は、まあ100円だしこんなもんだよなという気持ちであったが、昼間にスーパーへ赴いたときに綺麗な桃たちも100円であることに、おいおいおいこんな綺麗な桃が100円でいいのかいと驚きと嬉しさで満たされた。ご親切にもポップには糖度も記されている。しかし、桃相場と同様、糖度の相場も分からない。とりあえず、甘いことはたしかだ。

なぜこんな桃のことばかりを書いているかと言うと、今日、桃がうまく剥けたからである。仕事に対しての意欲もそれほどなく、成長したいなどの上昇志向もない、いつも定時で帰る僕が、家に帰ったあとの夕食後、桃を剥くことに関しては日々成長しているのだ。常に、昨日よりも今日の方が上手く剥ける。部屋は相変わらず汚いし、服も脱ぎっぱなしだったりするけれど、生活の中の桃を剥くということに関しては成長していることが嬉しい。ここで言う上手く剥けるとは、より皮を薄く剥けるという意味である。より皮を薄く剥けるとは即ち、食べる部分が多くなるということだ。少しでも多く桃を食べたいというある種の意地汚さが僕を成長させている。それにしても、桃は美味しい。現時点で、100円を払って得られる幸せのなかで、桃を超えるものはないしきっとこれからもそんなものは現れないだろう。

昨日より上手に桃が剥けたから汚い部屋でゆっくり頬張る

ささやかな夏休み

先日、ささやかな夏休みがあったので大阪と京都へ行ってきた。行こうと思ったきっかけは、大阪の本屋「葉ね文庫」さんに自分の本が置かれていることと、もう一つはちょうど大阪で『わたしの星』が上演されていたからだ。

小旅行の当日は、朝7時の夜勤明けにそのまま東京駅へ向かい、新幹線に乗った。夜勤明けで寝ていないため電車の中で眠れるかと思ったがほとんど眠れず大阪へ着いてしまった。まず、西田辺にあるかき氷屋さんへ行った。「カリン」というお店で、前日に慌てて買った雑誌SAVYに載っていて美味しそうだったので向かったのだ。桃のかき氷を食べた。パフェのように桃がたくさん乗っていて美味しかった。このお店にいた、つむぎちゃんという2歳の女の子がとても可愛かった。店主の娘さんらしい。すぐ近くにあった、ホホホ座西田辺店へも行った。古本を何冊か買い、周辺をぶらぶらした。生活感のある古い建物が多かった。

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偶然、また古本屋を見かけ、入ってみると店主らしき人からビール飲みますか?と聞かれ、てっきり買わされるのかと思い断ったら、お中元でたくさんもらっちゃってさ、持ってってよと手渡された。そもそも自分はお酒をまったく飲めないのだが、なんだかその気のよさにすんなりと受けとってしまった。その後、中崎町にある「葉ね文庫」へ行った。店内は、決して広いとは言えないがとても多くの人で賑わっていて、それぞれの人がそれぞれの本を手に取り読んでいてとてもよい雰囲気だった。詩歌が多くを占める書店がこれだけ賑わっていることは、なにかの希望のようであった。そして、ついに、本屋に並ぶ自分の本とご対面である。

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もう素直にとても嬉しかった。店内を見て回り、欲しかった本を手に取って店主の池上さんに話しかけた。こういう時、本当に緊張してしまうのだけれど、とても柔らかい雰囲気の方で、すんなりとお話しすることができた。店内には短冊が飾られていて、お客さんが自由に短歌を書いているようだった。よかったら書いていってくださいと言われたが、とっさに何かをする能力が著しく欠けているので、凡庸な宣伝文句を書いた。偶然にも、岡野大嗣さんの隣に飾られることになった。岡野さんが僕の本を推薦してくださったおかげで、葉ね文庫での取り扱いが始まったのでなんだか嬉しかった。

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それにしても、本当に良い雰囲気の本屋さんで、この空間に置いてもらえていることが光栄でしかたなかった。ここで買った歌集、山階基『風にあたる』がもう本当に素晴らしかった。過剰さのないところが好きだ。

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葉ね文庫を後にして、今回の目的の2つ目である柴幸男『わたしの星』を観に読売テレビ10hallへ行った。その道中、御堂筋線の大好きなホームに出会えた。電灯がシャンデリアみたいになっている。

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肝心の『わたしの星』は、柴さんがそれぞれの土地の高校生たちと作り上げる作品で、2年前に三鷹で上演された際に観に行っている。今回は、大筋は同じだが内容が変わっていた。なにより、関西の高校生たちなので、言葉が関西弁なのがとても良かった。おそらく標準語で書かれていたであろうテキストが関西弁で発されることにより、彼女たちがそこで今生きていることを揺るぎないものにしていた。前説と後説も高校生スタッフが行っていたのだが、その子が自分のブログを読んでくれていて本も買ってくれている子だった。ツイッターでなんとなくその子がスタッフをやっていることは知っていたのだが、前説と後説で姿を見ることになるとは。とてもしっかりしていて、ああ頑張っているなあとそのことに感動してしまった。とにかく、色々なことを含めて大阪まで『わたしの星』を観に行って本当に良かった。

夜は、駅に入っているヤム邸でカレーを食べた。ヤム邸はやっぱり美味しい。駅中にこんな美味しいカレー屋さんがあるなんて最高だ。東京では下北まで行かないとヤム邸のカレーを口にすることはできない。京都にホテルをとっていたので、京都まで移動して倒れるようにして眠った。

翌日は、イノダコーヒー本店へ行きレモンパイを食べた。もはやこのパターンが京都でのお決まりになっている。京都芸術センターで展示を見た後に、再び大阪へ向かった。まずは、話題の「toi books」へ。簡単にぐるっと見回せるほどの店内ながら、まるで自分の本棚を見ているのではないかと思うほどの好きな本ばかりが揃っていた。こだまさんや、木下さん岡野さん、友田とんさんなどお会いしたことのある方の本が並び、居心地が良かった。本を買い、お店を後にして「餅匠しずく」で見た目が美しい上にとびっきり美味しい和菓子を食べた。和菓子に付いてきた冷たいほうじ茶もとても美味しかった。その後は、black birdbooksへ行った。そこでは、小西彩水さんの展示「それじゃ顔がわからないように」が開催されていた。小西さんの漫画は、最高に面白くて大好きだ。作品集の『Ayami Konishi』は、端正な装丁とは裏腹の内容に、初めて読んだときはやられてしまった。

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そして、今回の展示でのグッズのTシャツも手に入れた。

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仕事へ行く時に着ていくなど、もうすでに愛用している。blackbird booksはずっと行きたかった書店だったので、やっと訪れることができた。お店のある場所がとにかく良かった。周辺の写真を撮ったりもした。

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大阪の市内から少し離れた緑の多い場所に本屋があるのが素敵だ。

blackbird booksを後にして向かったのは、万博記念公園だ。ずっと念願だった、太陽の塔の内部の見学をした。1階のみ撮影可だったのであまり写真はないのだけれど、こんな感じだった。

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中心を貫くこの作品も凄いのだけれど、太陽の塔の腕の部分に感動というか圧倒されてしまった。あの未来感は、ぜひ本物を見てほしい。しかも、腕が通路になっていたなんて知らなかった。宇宙空間のどこかであるかのようだった。太陽の塔を出るともう夕方で、大好きな国立民族学博物館は閉まっていたので写真を撮ったりして帰ることにした。

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旅行の最終日は、京都の書店を巡るなどした。誠光社、恵文社、アローントコ、メリーゴーランド京都など、色々な場所へ行った。どこの本屋へ行っても欲しい本がそれぞれにあり、帰りは荷物が大変なことになった。美味しいものもたくさん食べたり、お寺に行くなどもしたが今回は割愛。帰りの新幹線は、高い駅弁を買ってお腹を満たし、幸福のまま家に帰ってきた。

自分の本が置かれているのを見に行くということと、演劇を観に行くことを発端に小さな夏休みを過ごしたが、思わず様々な場所を訪れることができた。関西は、良い書店が本当に多い。今回書店を巡った中では、葉ね文庫の印象がとても強い。もちろん、本を置いてくださっているというひいき目もあるかもしれないが、あの空間にはその場所やそこにある本が好きな人が集まっているという雰囲気があった。広くはない店内の、思い思いの場所に座り、お客さんが本を読んでいる姿が忘れられない。